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1961年7月14日 島根県益田市本俣賀町に 宮崎家の次男として出生。
天真爛漫な子供だった・・・らしい。

しかし、4.5歳の頃、頭の病気になり、それがきっかけでいじめにあい、こころを閉ざす。
小学校、中学校、高校と引きこもりの学校生活をつづける。

そして、18歳で高校卒業し、東証一部の大手自動車会社に就職をする。
友達、先輩に恵まれ楽しい新生活を始めるが、仕事になじめず一年で退職。
19際の時、ギター一本を片手にミュージシャンを目指し上京。
友達のアパートを転々としながら、ライブハウスのオーデションの日々を過ごす。
貧乏でも夢に向かって走っていた頃!

オベーションと曲はそれなりだったが、歌唱力に問題があり、まったく芽が出ないまま、
挫折感から、22歳でサラリーマンを選択する。
いつの間にか夢を忘れて、昼間は仕事に夜は酒の日々が過ぎてゆく。
28才、サラリーマンに飽きて事業を起こそうと躍起になる。
バブルで儲けた一千万円があっという間に消えてゆく。
仕方なく就職活動に励む。
すべての事に対して、逃げる為の理由を考え、その理由を正当化し、
逃げる自分を正当化しつづけ、職を転々とし、無意味と思える年月を過ごす。
30の時、職を転々とするなか、24才の時出会った女性と運命ともいえる出来事が有り結婚。
今思えば間違いなく”赤い糸”で繋がっていたんだと思われる。
心の奥で自分の才能を信じている自分がいるが、それが何であるか模索する日々がつづく。
2000年 38歳の冬、長女が生まれる。
ある日歩いていると”このままでいいのか”という、こころの叫びや、
”子供に自分のような人生を送らせてはいけない”という思いが湧いてきて、
自分の内面に初めて向き合うようになる。
子供が自分を成長させてくれた”師匠”ともいうべき人となる。
40歳になった4月の終わりの朝9時頃、車を走らせていると”はっ”と絵本を書きたい」
と言う思いが降ってくる。
その日のうちに「たんぽぽのわたぼうしはぼくだった」というタイトルの絵本を書き、
この絵本をしっかりとした形にしたいという強い思いが沸く。
2002年8月15日 41歳の時、創作絵本「たんぽぽのわたぼうしはぼくだった」を出版。

すべての辛い思いや、苦しみは"自分の勝手な思い込みだった”という事に気づく。

過去いろいろあった出来事は、すべて自分を高め磨いてくれたすばらしい体験だったのですね。
おとうさんおかあさん、本当の自分に気づかせてくれて ありがとう。
Eメール miyazakiyuji@mac.com

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